私が初めてびわ湖マラソンを走ったのは、ちょうど桜の蕾が固い三月のことだった。スタート前の空気はまだ冬の匂いを残していて、友人と「完走できたら近江牛を食べよう」と笑い合ったのを覚えている。実際に走ってみてわかったのは、この大会が単なる「フラットな公認コース」という数字だけでは語れない、五感に迫る体験の塊だということだ。これから参加を考えている方のために、自分の足で拾い集めたリアルな情報を包み隠さず書いていく。
【びわ湖マラソン2026完全攻略の要点
まず知っておいてほしいのは、この大会が持つ独特の系譜だ。かつて「びわ湖毎日マラソン」としてエリートランナーたちのドラマを生んだ舞台が、2023年に市民ランナーのための「びわ湖マラソン」へと生まれ変わった。初回から日本陸連公認コースを採用し、全国ランニング大会100撰に選ばれるなど、その質の高さは折り紙付き。参加費は15,000円(別途エントリー手数料あり)で、定員7,000名という枠はあっという間に埋まる。エントリーは先着順だから、募集開始日にはPCの前でスタンバイするくらいの気合が必要だ。
アクセスは「JR大津京駅」か京阪「大津市役所前駅」が起点になる。私が使ったのはJR大津京駅で、スタート会場の皇子山陸上競技場まで歩いて6分ほど。しかし、ここでいきなり洗礼を受けた。改札を抜けるのに思わぬ時間を取られたのだ。小ぢんまりとした駅にランナーが一気に集中し、ICカード専用改札の前には長蛇の列。寒さで体を震わせながら並ぶのは正直こたえた。そこで次回から実践しているのが、あえて切符を買って有人改札を通るという裏技だ。ほんの僅かな工夫で、スタート前の貴重な体力と時間を節約できる。
大会当日は何より早朝の寒さに注意してほしい。スタート時間は8時20分。会場には1時間前には着いていたいが、3月の大津は朝の気温が4℃前後まで下がることもざらだ。私が初めて立ったCブロックは競技場のトラックではなく外の駐車場に整列する形で、風を遮るものが何もない。仲間と身を寄せ合いながら「早く走り出したい」と何度願ったかわからない。結局、スタートの号砲と同時に、着込んでいた薄手のレインウェアを脱ぎ捨てて走り始めた。防寒具はスタート直前まで着て、捨てられるものを選ぶ、あるいは手荷物預けを最大限活用するのが賢い。
コースは琵琶湖の湖岸を北上するワンウェイで、遠くに雪をかぶった比良山系、右手には光を反射する湖面が広がる。この景色が苦しさを和らげてくれるのは間違いない。高低差が少なく「初心者向き」と紹介されることも多いが、決して甘くはない。15kmを過ぎたあたりからアップダウンがこまめに現れ、脚の裏にじわじわと疲労が溜まっていく。しかも湖岸特有の風が曲者だ。私が走った日は北西の風が強く、復路に当たる後半は向かい風にペースを大きく削られた。キロ5分を切る勢いで巡航していたのに、30km地点ではキロ5分40秒まで落ち込み、目の前のペーサーがどんどん遠ざかる。そんな時、沿道に立っていた地元の方々が「ナイスラン!」と書いた手作りボードを掲げてくれた。32kmの私設応援団の前では、痛む足を引きずりながらも笑顔を作り、ハイタッチに手を伸ばす。あの瞬間の高揚感は、記録よりも大切な思い出として胸に焼きついている。
エイドの楽しみもまた、この大会の真骨頂だ。名物は近江牛のローストビーフ。しかし、私が目指していた33km地点に辿り着いた時には、トレイはすっかり空っぽだった。周囲のランナーから落胆のため息が漏れる。途中のメロンジュースも、噂に聞いていたのに影も形もない。後で聞いた話では、前方から走るランナーが何杯もおかわりするため、後方組には回らないのが恒例らしい。悔しくて、それなら次は絶対にローストビーフにありつけるくらいのペースで走ってやろうと、妙な闘志が湧いた。一方で、ゴール後に振る舞われた自衛隊特製の豚汁と近江米のおにぎりは、冷え切った体に染み渡る絶品だった。赤こんにゃくが入った豚汁には「これを食べて完走したんだ」という実感がこもっている。
フィニッシュ地点の烏丸半島は、あたたかい歓声に包まれていた。ボランティアの方々が笑顔で完走メダルをかけてくれ、高校生の吹奏楽部が祝福の演奏を続ける。約2,500人のボランティアと、途切れることのない応援。これこそが高い満足度97.8%、完走率94.4%という数字の裏付けだと理解した。記録を狙う上級者から、ファンランを楽しみたい人まで、だれもが「走ってよかった」と思える大会だ。
最後に、向いている人と注意点を整理しておく。びわ湖マラソンは、自己ベスト更新を狙うランナーに最高の舞台だ。公認コースで、風さえ味方につければタイムは出やすい。ただ、エイドを満喫したいなら、普段の練習で余裕を持ったペース配分を身につけるか、前方ブロックに入るための記録を持っておく必要がある。アクセス面では駐車場が一切ないため、公共交通機関の利用は絶対条件。そして三月の朝は思った以上に寒いから、使い捨てカイロや古着での防寒は忘れずに。準備を怠らなければ、びわ湖の風と人の温もりが、自分史上最高の42.195kmを約束してくれるはずだ。





