1: 名無しがマラソン速報をお伝えします 2020/09/05(土) 02:17:55.77 ID:e71zcJli0
センター試験後に急きょ東大理三に変更して合格、医学部4年生での初インカレでいきなり表彰台 東大・内山咲良

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内山は東大3年生の冬から本格的に三段跳びの練習に取り組み、4年生で一気に開花した(撮影・藤井みさ)

今回の連載「いけ!! 理系アスリート」は、東京大学医学部5年生で三段跳びに取り組む内山咲良(さくら、筑波大附属)です。
医者を目指している内山は昨年9月の日本インカレで自身初の13m台となる13m00を記録し、2位となりました。
2回連載の前編は陸上との出会い、東大での競技生活についてです。

■センター試験後、急きょ東大理三受験を決意
内山には小学生の時から、医者になりたいという思いが漠然とあったという。
人の役に立ちたいというところから医者をイメージし、心も支えられる存在になりたいと思うようになってからは、具体的に将来の夢として描くようになっていった。

「ちょっとだけ足が速かった」という内山は、筑波大学附属中学校(東京)で陸上部を選んだ。
走り幅跳びと四種競技に取り組み、3年生の時には走り幅跳びで都大会7位入賞。
「もうちょっとやれば伸びるんじゃないか」と考え、筑波大学附属高校(東京)でも陸上部へ。
高校では走り高跳びや100mハードル(H)などもこなしていたが、一番可能性を感じていたのが走り幅跳びだった。
3年生での関東大会で5m65をマークし、3位入賞。同校陸上部として1979(昭和54)年以来、36年ぶりともなるインターハイへの切符をつかんだ。
ただ、予選敗退という結果に「何もできないまま終わってしまった」という気持ちが残った。

その後、内山は大半が医学部に進む東大理科三類に現役合格を果たすが、最初から東大を目指していたわけではない。
部活に取り組んでいた時は試合で土曜日の授業に出られないこともしばしばあったため、塾にも通いながら遅れを取り戻していた。
「高2まではあまり真面目じゃなかった」と言うが、文武両道はすでに、内山の中では当たり前の日常になっていたのだろう。

高3の夏に引退してからは勉強に本腰を据えた。
センター試験を受けるまでは別の大学を第1志望にしていたが、思っていたよりもセンター試験の結果がよかったこともあり、
後期に元々の志望校を受けることも視野に入れ、前期は東大理科三類に挑戦。見事現役合格を勝ち取った。
その合格発表直後、塾で“陸上続行宣言”をしたのはインターハイでの悔しさがあったからだった。

https://news.yahoo.co.jp/articles/248f17091ee9036e2d6afd1d4360c2ab24116323

4: 名無しがマラソン速報をお伝えします 2020/09/05(土) 02:18:32.17 ID:e71zcJli0
とんでもねえな

7: 名無しがマラソン速報をお伝えします 2020/09/05(土) 02:19:37.52 ID:Litseg4e0
あかん嫉妬で文字が読めん

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